臨床薬理の進歩 No.41
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試みた。その結果、空腸および回腸に比べ、大腸において速やかな水分吸収が観察され、水分挙動における部位依存性が示された(図1)。また、その水分吸収性は、精製水 > 生理食塩水 > mannitol等張液 > AJの順で高くなり、浸透圧依存性が示された(図2)。したがって、これら溶液浸透圧に依存した水分動態変動が、薬物濃度を変化(濃縮/希釈)させ、結果として薬物吸収そのものに影響を与える可能性が考えられた(図3)。そこで次に、水およびmannitol等張液投与時における薬物吸収変動について検討を加えたところ、atenolol(低膜透過性モデル薬物)の吸収率は、mannitol等張液に比べ水溶液で顕著に高くなった一方で、antipyrine(高膜透過性モデル薬物)では本傾向は観察されなかった(図4、5)。したがって、服用する溶液に依存してその吸収動態が変動する可能性が推察され、特に低膜透過性薬物においてはその影響を受け易いことが明らかとなった。 以上の結果と考察は、近年、その臨床事例が増加しつつある薬物-飲料間相互作用に対しても適合できる可能性があり、特に、グレープフルーツジュース、オレンジジュース、AJなどが引き起こす薬物吸収変動の多様性(上昇、低下、未変動)に対して、新たな議論(高張性に基づく消化管内水分変動)を提案できる可能性が考えられる。例えば、薬物の吸収低下を生じる薬物-飲料間相互作用については、現在のところ、OATP2B1阻害に基づいた分子論的メカニズムが定説になりつつあるが、OATP2B1基質以外の薬物(atenololやnadololなど)でも同様の吸収低下が観察されていることから、新たな規定因子の存在、すなわちOATP2B1阻害以外の相互作用メカニズムが推察されている7,8)。そこで次に、AJの高張性に起因した消化管内水分変動とそのatenolol吸収への影響(atenolol-AJ間相互作用)に関する検討を試みた(図6)。その結果、AJおよびmannitol高張溶液(AJと同浸透圧に調製)において、水分分泌に伴った薬物希釈(すなわち消化管内濃度低下)が観察され、さらに、atenolol吸収の著しい低下が観察された。興味深いことに、AJとmannitol高張溶液との間でatenololの吸収率に有意な差が観察されなかったことから、溶液浸透圧に起因した水分動態変動が、見掛け上、atenolol-AJ間相互作用の一因となっている可能性が推察された。また、同様の結果がin vivo経口投与実験においても観察されたことから、本相互作用機構の妥当性が改めて示された(図7、表1)。以上より、フルーツジュースなどが引き起こす薬物-飲料間相互作用が、これまでのOATP2B1に着目した分子論的考察に加え、飲料の高張性に基づく消化管水分動態変動(生理学的考察)により説明できる可能性が示唆された。 ここまでの検討により、消化管からの薬物吸収量やその変動(相互作用)を高精度に予測するためには、消化管内薬物濃度を規定する薬物動態と水分動態に対する統合的な解析が重要であることが明らかとなった。そこで次に、消化管内水分挙動を考慮できるより高精度な薬物吸収動態予測モデルの確立を目指し、消化管内の水分情報を組み込んだモデル解析を試み、その方法論の妥当性ならびに水分動態の重要性について検証を行った(図8-12、表2-3)。その結果、消化管内水分量を250 mLで定義したmixing-tank modelでは、talinololの血中濃度シミュレーションは実測値を大きく下回り、その原因として、低い消化管内濃度に基づいて効率的に機能したP-gpが、talinololの吸収を有意に低下させた可能性が示唆された(図11)。一方、部位依存的な水分量を考慮したtransit compartment modelでは、実測値と一致した良好なシミュレーション結果が得られ、その要因として、高い消化管内濃度に起因したP-gpの飽和と、それに伴う吸収性の亢進が推察された(図12)。以上の結果から、消化管内水分量としてFDAが推奨する250 mLが、精密な吸収予測を行う上では過剰であり、結果として消化管内薬物濃度を低く見積もってしまう可能性が考えられた。すなわち、消化管からの薬物吸収量やその変動(相互作用)を高精度に予測するためには、消化管内薬物濃度を正確に算出することが重要であり、部位依存的な水分量を精密に組み込む98

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