臨床薬理の進歩 No.42
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guideRNA(gRNA)を設計し、開始コドンの欠損による内因性MUC1(cMUC1)ノックアウトMDCKⅡ細胞(MDCKⅡcMUC1-KO)の作製を試みた(図1a)。cMUC1に対するゲノム編集は、ゲノムシークエンスによる配列変化の確認に加え、タンパク質の発現量の変化をWestern blot法により確認した。次に、作製したMDCKⅡcMUC1-KO細胞およびMDCKⅡmock細胞(control)に対して、各種薬物を用いて細胞膜透過性の評価を行った。経細胞経路を透過する基質薬物としてantipyrineおよびgriseofulvinを、細胞間隙経路を透過する基質薬物としてFD-4および5-CFを選択した。さらに、代表的な排出型トランスポーターの基質薬物として、P糖タンパク質(P-gp)基質であるrhodamine123 (rho123)およびpaclitaxcel(PTX)、Multidrug resistance-associated protein 2(MRP2)基質であるCDCFDA、Breast cancer resistance protein(BCRP)基質であるSN-38を選択した。統計解析 2群間の比較はt検定(Student’s t-test)を用いた。なお有意水準をp<0.05に設定した。結果・考察 ゲノム編集したMDCK Ⅱ細胞において、cMUC1タンパク質の発現が消失していることを確認した(図1a)。次に、作製した細胞を用いて薬物の細胞膜透過性を定量評価したところ、MDCKⅡcMUC1-KO細胞におけるgriseofulvinの膜透過性は、吸収方向および排出方向の両方向においてMDCKⅡmock細胞と比較して増加し、算出された膜透過係数(Papp)は約1.5および1.8倍へと上昇した(図1b)。さらに、rho123およびPTXの膜透過性についても吸収方向および排出方向の両方向での増加が認められ、Papp値は約1.7〜2.3倍に上昇した(図1b)。また、cMUC1欠損による内因性P-gp(cABCB1)発現量への影響は認められなかった(図1a)。一方で、antipyrine、FD-4、5-CF、CDCFDAおよびSN38の膜透過性はcMUC1欠損の影響を受けず、これら細胞間での膜抵抗値にも差は認められなかった(図1b)。 以上の結果をもとに、細胞膜透過の経路ごとに考察したところ、まず経細胞経路の透過性については、高い脂溶性を有するgriseofulvin(Log P = 2.17)の膜透過性がcMUC1欠損により顕著に増加したのに対し、低い脂溶性を有するantipyrine(Log P = 0.38)では影響が認められなかったことから、脂溶性が高い薬物ほどcMUC1欠損の影響を受ける可能性が示唆された。これに対し、本検討ではMRP2およびBCRP基質の膜透過性および細胞間隙経路を介した薬物の透過性に対して、cMUC1の欠損は影響を及ぼさないことが確認された。一方、P-gp基質であるrho123およびPTXの膜透過性の変化から、cMUC1欠損によって影響を受けた可能性が示唆されたが、これら薬物の膜透過性に対しては内因的に発現するP-gpを介した輸送が強く示され、MUC1の影響が正確に評価できていない可能性がある。実際に、MDCKⅡ細胞に内因的に発現するP-gpを介した輸送活性は排出方向優位に働くことが報告されている11)。したがって、より詳細に検討する必要があると考えられた。 P-gp基質であるrho123およびPTXの膜透過性に対するcMUC1欠損の影響を評価するため、cMUC1と同様の手法で機能的な内因性P-gp(cABCB1, GenBank Accession Number; NP_001003215)遺伝子を欠損したMDCKⅡ細胞(MDCKⅡcABCB1-KO)を作製し、さらに、cMUC1およびcABCB1遺伝子を同時に欠損させたMDCKⅡ細胞(MDCKⅡcMUC1, cABCB1-KO)も作製し検討に用いた。MDCKⅡmock細胞におけるrho123およびPTXのP-gp介在性排出比(efflux ratio)は3.49および2.33であったのに対し(図1b)、MDCKⅡcABCB1-KO細胞におけるefflux ratioは1に近い値を示し、内因性P-gp介在性輸送が消失したことが確認された(図1c)。なお、細胞膜透過にP-gpの影響を受けないgriseofulvinにおいては、内因性P-gp欠損の有無によるefflux ratioの差は認められなかった。一方、同時欠損させたMDCKⅡcMUC1, cABCB1-KO細胞を用いて、153153

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