臨床薬理の進歩 No.42
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考  察セット解析では、KDM5Dの発現レベルとゲノム上copy number aberrationの総数とにおいて負の相関が認められ、KDM5D欠失によるゲノム不安定性への寄与の可能性を示唆していた。これらの結果から、KDM5D欠失によりG2/Mチェックポイント調節因子のプロモーター領域のヒストンメチル化レベルを変化させることにより、ATRパスウェイ亢進によるDNA複製ストレスからのG2/Mアレストを迂回できることが考えられた。 ATRパスウェイの活性化により、DNA複製ストレス環境下での複製フォーク崩壊を抑制することができる。KDM5DノックダウンがDNA複製ストレス惹起に寄与し、ATRパスウェイの活性化を引き起こしていることが示唆されることから、我々はVE822-ATR inhibitor5)の使用によりKDM5Dノックダウン細胞での増殖能を解析した。LNCaP-control細胞に比べて、LNCaP-shKDM5D細胞では、VE822による増殖抑制効果が高く、rH2AXやcleaved PARP発現の増加がみられることから(Data not shown)、特異的にアポトーシスが誘導されていることが確認された(図5a)。他にVCAP前立腺がん細胞においてsiKDM5Dにて同様にVE822の効果を確認したところ、やはりKDM5Dノックダウン細胞では、ATR、CHK1のリン酸化によりDNA複製ストレスが誘導され、VE822の細胞増殖能抑制効果は高かった(Data not shown)。これらの結果から、KDM5D欠失がDNA複製ストレスを惹起しATRシグナルへの依存性を高めていることから、ATR inhibitorによって細胞特異的に治療効果をもたらす可能性が示唆された。これらの結果をin vivoで検討するために種々の前立腺がん細胞株を用いてxenograftモデルを作製した。In vitroでのVE822の種々前立腺がん細胞株への治療効果について、KDM5D欠失がみられる細胞株ではKDM5D intactの細胞株に比べて、優位に治療効果が高いことがわかった(図5b)。前立腺がん細胞株のうち、LNCaPと22RV1細胞株をKDM5D Positive細胞株として、LNCaP-104R2とE006AA細胞株をKDM5D null細胞株として、xenograft実験系に用いた。側腹部への腫瘍移植後、150 mm3に腫瘍が成長した段階でVE822の経口摂取を開始した。KDM5D null細胞であるLNCaP-104R2、E006AA細胞株ではATR inhibitor単剤投与により、十分な腫瘍縮小効果を認めていた。一方、LNCaP、22RV1のKDM5D intact細胞では、VE822投与による腫瘍縮小効果はほとんどみられなかった(図5c)。これらの結果から、KDM5D欠失の有無により、ATR inhibitorであるVE822の治療効果を予測できる可能性が示唆された。 ホルモン療法への治療抵抗性獲得機序の分子生物学的な解明は今も不明な点が多い。初発段階での症例ごとのホルモン療法への治療効果の差異を鑑みても、分子学的ドライバーが初期より存在している状態であるのか、治療経過に伴って新生されるものなのかについては、多彩な特徴が存在していると考えられる。バイオインフォマティクス解析分野においては、その繰り返し配列、回文配列の多さからY染色体上の遺伝子のコピーナンバー解析や発現レベル解析は、技術上の問題が多いことはあまり知られていない。本研究では、ホルモン非依存性前立腺がん細胞株であるLNCaP-104R2細胞におけるKDM5Dの完全欠失が、もとホルモン感受性の親細胞株であるLNCaP細胞のごく一部のpopulation(0.5%のKDM5D null population)から治療ストレスによるセレクションを受けて発生してきている可能性を示している。これにより、KDM5D null populationにおけるDNA複製ストレスが惹起されながら増殖を続け、より高悪性度な腫瘍形成が進むことが考えられる。我々のTMAでのFISH解析では、一部の症例でKDM5D locusの欠失を認めるpopulationのある腫瘍があることから、やはり治療ストレスによるマイナーサブセットのセレクションがCRPC発生の一因となっていることを示している。このlocusの欠失はY染色体長腕全体に及ぶことも多いことから、実臨床に42

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