臨床薬理の進歩 No.44
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による血小板減少の危険性を増大させることを初めて示唆した報告である。 薬物の多くは薬物代謝酵素によって代謝され体外へ排泄されるが、医薬品の開発段階においては、代謝物に対しての薬物トランスポータを介した薬物相互作用試験はこれまでほとんど行われてこなかった。親化合物から生じた代謝物がOAT1及びOAT3の基質として認識され、強い阻害活性を示す代謝物も数多く存在し、親化合物に加え代謝物においても薬物トランスポータを介した薬物相互作用試験の実施の重要性が指摘されている10)。これまでにリネゾリドはOAT3に対して阻害活性を有することが報告されているものの11)、リネゾリド及びその代謝物(PNU-142300及びPNU-142586)の輸送に関わる薬物トランスポータの情報は我々の知る限り報告されていない。図3及び図4に示すように、本研究では、リネゾリドの主要代謝物であるPNU-142586がhOAT3に輸送されることを初めて明らかにした。 本研究における後方視的研究から、血小板減少に及ぼす有意な危険因子としてランソプラゾール併用が抽出された(表2)。また、ランソプラゾール併用患者では非併用患者と比較し、リネゾリド投与期間中における血小板数の最低値が有意に低く(図1)、血小板減少発症までの期間が有意に短縮していた(図2)。さらに、FAERS解析の結果から、後方視的調査と矛盾しない結果が得られた(表3)。以上の結果から、ランソプラゾールは、リネゾリドによる血小板減少の危険性を増大させることが示唆された。また、多変量ロジスティック回帰分析の結果から、血小板減少に及ぼす有意な危険因子としてリネゾリドの投与期間、CCrが挙げられた(表2)。リネゾリドは可逆的かつ時間依存的な骨髄抑制を引き起こすと考えられており、リネゾリドの曝露時間の延長によって血小板減少の発症頻度が高くなる可能性が指摘されている。これまでにも、リネゾリドの血小板減少の危険因子としてリネゾリドの長期投与や腎機能低下が多数報告されている1,2,12)。本研究においても過去の報告と矛盾しない結果が得られており、リネゾリドの長期使用や腎機能低下患者においては血小板減少の発症には十分に注意する必要があると考えられる。 米国食品医薬品局(FDA)の薬物相互作用ガイダンスによると、阻害薬の遊離型Cmax(Cmax,u)/IC50が0.1を越える場合、臨床薬物相互作用試験の実施を考慮することとされている。ランソプラゾール30 mgを1日1回8日間経口投与した後のランソプラゾールのCmaxは約2.5–4.9 µMであり13)、タンパク結合率は95.5%であることから14)、ランソプラゾールのCmax,uは0.11–0.22 µMとなる。本研究から得られたhOAT3を介したPNU-142586の輸送に対するランソプラゾールの見かけのIC50値は0.59 ± 0.22 µMであることから(図5)、ランソプラゾールのCmax,u/IC50は0.19–0.37(>0.1)となり、PNU-142586とランソプラゾールとの臨床薬物相互作用試験の実施が推奨される。一方で、本研究における後方視的研究及びFAERS解析の結果から、ランソプラゾール以外のPPIの併用についてはリネゾリドによる血小板減少の有意な危険因子とはならなかった(表2、表3)。我々の過去の研究において、PPIの中でもランソプラゾールはhOAT3に対する阻害活性は特に高く、他のPPI(ラベプラゾール、パントプラゾール、エソメプラゾール、オメプラゾール)はhOAT3に対する阻害活性は有するものの、臨床濃度でhOAT3の基質薬物と相互作用が生じる可能性が低いことを明らかにしている8)。以上より、ランソプラゾールのみが臨床でPNU-142586と薬物間相互作用を生じる可能性が高いと考えられる。 リネゾリドによる血小板減少の発症機序は十分に解明されていないが、腎機能障害患者では高頻度で血小板減少が発症すること2)、腎機能低下に伴ってリネゾリド及び代謝物の血中濃度が上昇することから15)、血小板減少の発現にはリネゾリド及び代謝物の排泄遅延の関与が指摘されている。一方で、腎機能低下時では、リネゾリドと比較し、代謝物であるPNU-142300及びPNU-142586の血中濃度上昇が著しく3)、体内での代謝物の蓄積が血小板99

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