臨床薬理の進歩 No.44
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方  法することで、自己のT細胞による細胞傷害性を呼び戻す作用を持つ。一方、自己の細胞の中にもPD-L1を発現していることで免疫寛容を確保している細胞があるため、ICIの投与によって正常な自己細胞への傷害が発生することがあり、それの自己免疫反応によって引き起こされる特殊な副作用を総称してirAEと呼んでいる。PD-L1の発現パターンは個人差があるため、どのようなirAEが起こるか(もしくは全く起こらないか)にも個人差があり、共通した特徴としては投与開始早期に発現することが多い。また現時点では投与前にirAEの発症を予測することは困難である。 心筋においても頻度は少ないものの投与早期に劇症型心筋炎のような急性心筋障害を来す例が知られており、心筋へのリンパ球の集簇所見や心筋細胞におけるPD-L1の発現から、irAEが関与していると考えられている1)。この報告では初回投与から発症までの日数は、中央値17日とやはり治療開始早期に出現することを特徴としている。また今後日本でも使用されるようになる可能性が高いニボルマブとイピリムマブ併用例では、ニボルマブ単独より高頻度かつ重症の心筋炎の発症を認めることも知られている。その後の大規模データベースを解析した後ろ向き解析においても、単剤での心筋障害発症は0.41%であるのに対し、併用では1.33%とリスクの増加が認められていることが報告されている2)。また発症後の致死率が50%近くあり、irAEの中でも頻度は少ないものの群を抜いて致死的な副作用であると言える。 そこで、ICIの適応が拡大し、irAE発症リスクが高い併用療法も本邦で使用されるようになってきた現在、心筋障害の知見を集約し、早期診断のためのバイオマーカーの探索や、スクリーニングプロトコールの確立は、ICIの安全な使用を進めるために喫緊の課題である。 著者らはこれまでICI投与に伴う心筋障害発症の際の心電図所見上の特徴や3)、遠隔期に生じる浮腫状の心筋炎の報告4)などを行ってきた。 一方、利用可能なエビデンスやデータのほとんどは、症例報告、ケースシリーズ、またはレトロスペクティブスタディであり、報告バイアスによる欠陥がある可能性がある。またICI関連心筋炎の臨床症状は、心臓バイオマーカーの無症状な上昇から重篤な臨床症状まで様々であるが5)、最も重篤な症例のみが報告される傾向にあり、無症状または軽症状の症例は特定されなかったか報告されていない可能性がある。このような背景から、軽症例も含めたICI関連心筋炎の発生率はまだ不明であり、未治療の心筋炎の経過も不明である。したがって、心筋炎を示唆する所見の発生率や特徴を明らかにするために、前向きなスクリーニングを行うことが重要であり、本研究では構造化されたスクリーニングプログラムを実施し、ICI治療を受けた全患者を前向きにモニターを行った。・スクリーニングのプロトコールと検査異常の定義 本研究では、2017年4月から2020年5月にかけて、国際医療福祉大学三田病院(東京都港区)でICIの投与を受けたすべてのがん患者を対象に、前向きに評価を行い、既に結果を発表している6)。本研究は国際医療福祉大学医学部倫理委員会の承認(承認番号:5-18-8)を受け、ヘルシンキ宣言に従って実施した。心筋障害のスクリーニングのためのプロトコールを図2に示す。このプロトコールにはバイタルサインの評価・血液検体(トロポニンI、クレアチンキナーゼ(CK)、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)、D-dimer)・心電図(ECG)・胸部X線写真(CXR)および心エコー図(UCG)検査が含まれる。心エコー図を除くすべての検査は、ICI投与開始前、ICI投与開始後7±3日、14±3日、21±3日、60±7日に行われた。心エコーはICI投与前とICI投与後7日、21日、60日に実施した。その後、3カ月間隔ですべての評価を継続した。 高感度トロポニンI上昇は正常上限値(26.2 pg/mL)以上でベースラインの2倍以上とし、CK上昇118

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