臨床薬理の進歩 No.44
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スペクティブに実施した。本研究はICI関連心筋炎の前向き評価に関する最初の報告である。 臨床的に心筋炎が疑われる症例がこれまでの報告よりも多く観察されたが、ほとんどの症例は無症状または軽度であり慎重な経過観察によりICI治療を継続することが可能であった。中等症から重症の症例はすべて発症初期にICI治療の中止が必要であり、結果として致命的な事態を回避することができた。 臨床的に疑われる心筋炎の発生と既知の心血管危険因子との間に関連は認められなかったがCK上昇が重症心筋炎の早期予測因子として期待されることが示唆された。また臨床的に心筋炎が疑われる症例の多くはICI投与初期に観察されており、これまでの報告と一致していた。 注目すべき点は、本前向き研究とこれまでのレトロスペクティブな解析との間で、心筋炎の発生率に差があることである。本研究では、126例中13例(10.3%)に臨床的に心筋炎が疑われる一方で、ほとんどのケースは軽度または無症状であったことが分かった。従来のレトロスペクティブな解析結果とは対照的に、本研究は臨床的に疑われる心筋炎の発生率は高いが、死亡率は低いというものであった。この背景には、これまでのレトロスペクティブな解析の報告では、重症および/または致死的な症例のみが特定され、無症状または軽症例は気づかれていなかったためであると考えられる。全患者を対象に連続した前向き検査と評価を行った結果、無症状で軽度の症例が多数認められたことは、本研究が無症状例も含めて臨床的に疑われる心筋炎や心筋障害の真の発生率を明らかにし、ICI治療を受けた患者が従来考えられていたよりも多くの心筋炎を呈しているが、そのうちのごく一部が致命的であることを示している点で有意義である。さらに、心血管イベントを評価するための体系的なプログラムがない場合、心筋炎イベントの大部分は見落とされるか誤診される可能性があることを認識する必要がある。 また本研究で見出された臨床的に疑われる心筋炎の69.2%は、無症状または軽症例であったという病理学的な意義に関しては、ICI関連心筋炎の無症状例の背景として、臨床的に明らかな心筋炎所見がないにもかかわらず剖検時に心筋の斑状の線維化とびまん性単核細胞浸潤が観察されたという報告がある8)。またZhangらはICI関連心筋炎と病理診断された患者の半数以上(61 %)で左室機能が保たれていたことを報告しており9)、左室機能が保たれている心筋炎が多く存在することが示唆される。これらの知見を総合すると、ICI治療に伴う心筋炎は不顕性で未診断の症例が多いことが示唆される。したがって、本研究で無症状の心筋炎症例を取り上げたのは、過剰診断によるものではなく、これまで無視されてきた無症状の症例を拾い上げたためと考えられる。 さらに本研究でより注目すべき点は、無症状かつ軽症例である場合には、注意深い臨床経過観察により、すべての患者がICI治療を継続することに成功したことである。現在、多くの医師が実臨床で直面している問題は、どの時点で心筋炎を治療すべきか、すなわち、いつICIを中止すべきかを決定することである。ICIによる心筋炎が疑われる場合、現在のコンセンサスでは、心臓のバイオマーカーの変更を含むあらゆるグレードの毒性に対してICIを保持し、たとえ軽い毒性であってもICIを永久に中止することを推奨しているが、本研究は不必要な薬剤中止を抑止するという意味で意義深い。 また、心筋炎を事前に予測可能かどうかという点に関しては、本研究では既存の心血管危険因子は心筋炎の発生と関連していなかった。有効なバイオマーカーに関して考察すると、中等度から重度の症状を持つ患者では、CKの上昇(中央値22日、範囲7-47日)がトロポニンIの上昇(中央値29.5日、範囲8-48日)に先行していたことが明らかとなった。一方無症状または軽症の患者では、CKの上昇は認められなかった。さらに興味深いことに、数例の患者は無症候性のCK上昇の後、ICIを継続した後に致死的な心筋炎を発症した。これらの所見は、心筋炎が症状化する前にCK上昇が起こる可能性を122

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