臨床薬理の進歩 No.44
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*1 ENDO JIN はじめに要   旨 肺高血圧症は、いまだ発症および病態進行のメカニズムが解明されておらず、根本的な治療手段のない難治性循環器疾患である。本疾患は原因不明の肺動脈狭窄を主な病態としているが、その進展には肺動脈を構成する内皮細胞や平滑筋細胞はもちろん、炎症細胞や肺線維芽細胞などの周辺細胞の活性化が引き起こす「組織リモデリング」が重要な役割を担っている1)。肺高血圧症に見られる肺動脈のリモデリングには、サイトカイン・ケモカイン・増殖因子など生体機能を調節する様々な生理活性物質が関与しており、その中に脂質メディエーターに代表される活性脂質も含まれている2)。現在、本症に治療薬として使用可能な薬剤のほとんどが、目的 肺高血圧症は、原因不明の肺血管狭窄から右心不全を来す難病である。本研究は、生理活性脂質に注目し、新たな治療戦略の開発を目的とする。方法 低酸素曝露やSugen投与による肺高血圧モデルマウスの表現型を解析する。培養細胞実験で生理活性脂質の作用機構を解明する。肺高血圧患者のゲノム解析から疾患関連変異を同定する。結果 リン脂質分解酵素PAF-AH2によってマスト細胞から産生されるω3脂肪酸由来エポキシドが、肺高血圧症を抑制的に調節することを、PAF-AH2欠損マウスを用いて実証した。また、ω3エポキシドは、TGF-βシグナルを介して肺線維芽細胞の活性化を抑制した。ω3エポキシド投与は、複数の動物モデルで肺高血圧症の進行を軽減した。さらに、肺動脈性肺高血圧症患者のゲノム解析により、Pafah2遺伝子に2つの病原性バリアントの候補を特定した。結論 マスト細胞のPAF-AH2-ω3エポキシド産生系が肺高血圧症の有望な治療標的になる可能性がある。慶應義塾大学医学部 循環器内科肺血管の狭窄緩和を目的とした血管拡張薬であり、その中で最も有効な薬剤の1つが脂質メディエーター プロスタサイクリンのアゴニスト製剤である。 また、心血管系で生体保護的な機能を示す脂質として、EPAやDHAに代表されるω3脂肪酸がよく知られている。近年、ω3脂肪酸代謝物の中には数多く強力な活性を有する脂質が存在することが報告されており3)、その酸化物の1つ、ω3脂肪酸エポキシド(脂肪酸の二重結合の1つが3員環エーテル構造をとる)は、血管拡張、抗炎症作用、細胞増殖抑制、抗不整脈作用などを有することが分かってきた4,5)。これまでの研究から、我々は肺高血圧の進行に従って肺組織中のω3エポキシド17,18-EpETE、19,20-EpDPAの量が低下することを確認している。また、ω3エポキシドは、細胞膜Key words:肺高血圧症、PAF-AH2、ω3脂肪酸エポキシド、肺血管リモデリング、全エクソーム解析1遠藤 仁*1 生理活性脂質を用いた肺高血圧症の新規治療法の開発Development of novel treatment for pulmonary hypertension using bioactive lipids

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