臨床薬理の進歩 No.44
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細胞マーカートリプターゼ陽性およびトルイジンブルー陽性であった(図2a、b)。ヒト肺高血圧患者(肺動脈性肺高血圧症)の剖検肺組織においても、同様にPAF-AH2陽性トルイジンブルー陽性のマスト細胞が血管周囲に観察された(図2a、b)。 次に、我々はマスト細胞が欠損したc-kitWsh/Wshマウスに、野生型およびPafah2 KOマウスそれぞれから樹立した骨髄由来のマスト細胞(bone marrow-derived mast cells: BMMC)を経静脈的に移植する再構成実験を行った(図2c)。マスト細胞再構成後マウスについて低酸素曝露で肺高血圧を誘導したところ、Pafah2 KOマウスから樹立した骨髄由来マスト細胞を移植したマウスにおいて有意に肺高血圧・右心不全の増悪が確認された(図2d-i)。以上の結果からマスト細胞がPafah2 KOマウスの肺高血圧が重症化する表現型の責任細胞であることが明らかとなった。3)マスト細胞が産生するω3エポキシ脂肪酸は肺線維芽細胞の活性化を抑制する マスト細胞のPAF-AH2が産生する脂質が肺血管周囲の組織リモデリングに関与するか明らかにするため、肺血管線維芽細胞についてBMMCから抽出した脂質成分に対する反応性を調べた。野生型およびPafah2 KOマウスの骨髄細胞から樹立したBMMCの培養上清をそれぞれ用いて、脂質抽出を行った。いずれの脂質抽出物においても、添加により線維芽細胞の増殖は亢進し、特にPafah2 KOマウス由来のBMMCからの抽出物では、線維芽細胞の増殖がより顕著であった。しかし、ω3エポキシ脂肪酸17,18-EpETEまたは19,20-EpDPAの添加によって、Pafah2 KO BMMCの脂質抽出物による線維芽細胞の増殖亢進はキャンセルされ、脂質抽出物を添加しない条件でも線維芽細胞の増殖は抑制された(図3a、b)。 TGF-β刺激により活性化された肺線維芽細胞は線維化マーカーcollagen type1(Colla1)、平滑筋マーカーActa2、炎症性サイトカインIL6の発現が上昇するが、ω3エポキシドの投与によりともに発現が低下し(図3c)、ω3エポキシ脂肪酸が肺線維芽細胞の活性化を抑制することが示された。また、平滑筋細胞マーカーSM22α(transgelin)を線維芽細胞の活性化マーカーとして評価したところ、TGF-βで強く活性化された線維芽細胞は、ω3エポキシドの投与によりSM22αの発現量が低下し、筋線維芽細胞への分化が抑制されていた(図3d)。TGF-β刺激によりリン酸化されたSmad2はω3エポキシ脂肪酸投与により有意に抑制されており(図3e)、マスト細胞から産生されるω3エポキシ脂肪酸は、TGF-β経路を介して活性化された線維芽細胞を負の方向に制御していることが示唆された。4)ω3エポキシドの投与により、肺高血圧症は改善する 我々はin vivoでω3エポキシ脂肪酸が肺高血圧の進展を抑制するか明らかにするため、低酸素曝露肺高血圧を誘導した野生型およびPafah2 KOマウスにそれぞれ19,20-EpDPAを腹腔注射で0.05 mg/kg/dayの隔日投与を行った。投与群でPafah2 KOマウスに顕著に認められた肺高血圧の増悪は、肺血管中膜肥厚、右室収縮期圧、右室重量に関して有意に改善した(図4a-d)。また、ヒト肺動脈性肺高血圧症の病態・病理組織に近似した動物モデルとされるSugen投与/低酸素曝露肺高血圧モデルについても19,20-EpDPAの継続投与で有意な肺高血圧の改善が認められた(図4e-h)。以上のことから、ω3エポキシ脂肪酸は肺高血圧の進展を抑制し、その投与により治療効果も期待できることが明らかとなった。5)肺高血圧患者においてPAF-AH2に病的な変異が認められた 我々はさらに肺高血圧患者のゲノム解析データから本疾患とPAF-AH2との関連を調べた。262人のPAH患者の血液サンプルから採取したDNAについて全エクソームシークエンシング(WES)を行っており、個々の臨床データと符合可能な遺伝子変異のデータベースを構築している。PAF-AH2について、正常人バリアントデータベース(東北4

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