臨床薬理の進歩 No.44
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謝  辞領域の同定に至っている(2022年8月26日現在)9)。その一方でGWASは、一般集団中での保有者が極めて稀であるrare variantが有する疾患感受性との関連を検出することができない。それに対し、rare variantを効率的かつ網羅的に探索する方法として挙げられるのは、次世代シークエンサーを利用する全ゲノムシークエンス解析である。近年、様々な遺伝性希少疾患を対象とした全ゲノムシークエンス解析が実施され、多数の新規責任遺伝子が同定されている。筆者らもまた、てんかんなどの遺伝性希少神経疾患を対象とした全ゲノムシークエンス解析にて、症例ごとの責任遺伝子を同定した10)。重症薬疹は希少疾患に分類されるものの(発症率:年間人口100万人当たり4.4人)、遺伝形式において遺伝性疾患に該当する特徴が観察されないことから、遺伝要因と環境要因の総合的な寄与によって発症する多因子疾患であると考えられている。しかしながら本研究からは、遺伝性希少疾患だけではなく多因子疾患であっても、全ゲノムシークエンス解析から疾患に寄与するrare variantを探索できることを示すことができたとともに、新たな遺伝要因の同定を実証することができた。 疾患感受性遺伝子領域内において最も強い関連を示すバリアントは、疾患発症に直接寄与する機能的なバリアント(causal variant)との連鎖不平衡の影響を受けている場合が多い。また、GWASなどの網羅的なゲノム解析からは、疾患感受性を示すバリアントが位置する遺伝子領域(mapped gene)が判明するだけであるため、causal variantそのものを同定し、そこから想定される疾患への機能的な影響を解明するためには、さらなる解析が必要となる。近年、遺伝子発現・DNAメチル化・ヒストンアセチル化などに関するゲノムワイドなマルチオミックス解析情報を活用することで、疾患感受性遺伝子領域に位置する多数のバリアントの中から発現量制御に寄与するcausal variantの候補を効率的に抽出することができるようになった。また、e-QTL解析からはバリアントと遺伝子発現量との相関に関する網羅的な情報を取得でき、causal variantが発現量を制御する遺伝子を同定することが可能となった。さらに、これらのin silico解析から同定されたcausal variantの寄与を実験的に検証するための手段として、ゲノム編集を利用してバリアントをDNAにノックインした細胞を用いた解析が利用され始めている。筆者らは最近、日本人原発性胆汁性胆管炎を対象として、疾患感受性遺伝子領域CCR6/FGFR1OPに存在するcausal variantであるrs9459874およびrs1012656のノックイン細胞を樹立し、それぞれのバリアントによってFGFR1OP転写量およびCCR6翻訳量への直接的な制御を証明した11)。本研究においても、in silico解析と遺伝子機能解析を融合した手法を活用し、全ゲノムシークエンス解析情報から得られたデータを活用した発症メカニズムの解明を効率よく進めることができており、さらなる研究成果の創出が期待される。 市販の感冒薬は広く市場に流通している一方で、感冒薬関連重症薬疹の症状はあまりにも重篤である。もしも感冒薬関連重症薬疹の遺伝要因の全貌が明らかになり、高リスクバリアントを事前にチェックすることができれば、高リスクバリアント保有者の薬剤摂取を避けることが可能となることから、①感冒薬関連重症薬疹によるQOLの著しい低下、②感冒薬関連重症薬疹を恐れるが故の医療の停滞、③感冒薬関連重症薬疹の発症による風評被害等の製薬会社へのダメージ、のいずれも回避することができる。また、重症薬疹に対する治療法開発や薬剤探索に加え、急性期における各症例の遺伝要因の迅速診断が本研究によって完成すれば、急性期における適切な治療法選択が実現し、効率的な重症化予防やQOL維持、さらには、医療費の削減にも大いに貢献するであろう。本研究によって得られた成果は、このような「個別化医療」の実現に向けた研究を大きく前進させるものであった。 本研究を遂行するにあたり、研究助成を賜りました公益財団法人臨床薬理研究振興財団に心より42

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