臨床薬理の進歩 No.44
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対象と方法 移植腎のモニタリングには、臨床症状、尿検査、血液検査および腎生検等が用いられている。一般的には、血清クレアチニン値や血中尿素窒素の変動により腎機能の低下程度を測り、その後の腎生検(エピソード生検)にて診断を確定し治療を開始するか、計画的な腎生検(プロトコル生検)により定期的に病理診断および治療が行われている。プロトコル生検は、臨床的症状(尿量減少、血尿、蛋白尿、体重増加等)や検査値に異常がない場合でも、拒絶反応の早期発見を目的に移植後に定期的に実施される。しかし、腎生検は侵襲性が高く出血や腹腔内臓器損傷といった合併症のリスクを伴うため、患者や移植腎にかかる負担も大きい。またsubclinical TCMRやsubclinical ABMRと診断される割合は全体の20-25%と低い6)。すなわち、75-80%の患者にとっては不必要な侵襲的検査が実施されている。患者の安全性確保のためにも、非侵襲的な方法でsubclinical rejectionを的確かつ早期に診断可能なバイオマーカーの開発が喫緊の課題である。また、臨床検査には血清クレアチニン値や血中尿素窒素の変動が用いられるが、これらに変動が認められた際には既に腎機能が約50%にまで低下していることが報告されており7)、より早期に拒絶反応を反映する指標の開発が望まれている。 エクソソームは、細胞から細胞外に分泌される40-200 nmの脂質二重膜に囲まれた小胞顆粒であり、DNA、mRNA、マイクロRNA(miRNA)、タンパク質など様々な遺伝子情報を内包することにより、細胞間の情報伝達を担っている8)。またエクソソームは様々な体液に安定的に存在するため、生体組織診断の際に組織を直接採取する必要がなく、組織が入手困難な状況に対しても体液などから診断が可能となるため、不要な生検を減らす可能性が期待できる。miRNAは、細胞内に存在する1本短鎖RNAで、相補性により標的となる遺伝子の翻訳や転写を抑制し、複数の遺伝子発現を同時に制御する。尿中のエクソソームは腎組織を主に由来とすることから、移植腎の拒絶反応時に起こる免疫細胞とサイトカインを主体とした免疫応答の破綻を特異的に捉えられることが予想されるため、尿中エクソソームに内包されたmiRNAに注目した。近年、尿中エクソソームに内包される特定のmiRNA が、悪性腫瘍の早期診断マーカーとして、有用性が高いことが報告9)されている。Subclinical rejectionをはじめとし、移植後腎機能障害の診断に用いるバイオマーカーは、血液や尿に含まれるmRNAやサイトカインなどには多数の報告10〜14)があるものの尿中エクソソームに内包されたmiRNAを用いた検討はまだ数少ない。そこで本研究では、腎移植患者における非侵襲的なバイオマーカーの開発を目指し、尿中エクソソームに内包されるmiRNAを用いた、subclinical rejectionの診断バイオマーカーの構築を目的とした。対象患者および研究デザイン 対象患者は九州大学病院に通院中の腎移植が行われた患者とした。なお、本研究内容は、九州大学医系地区部局倫理審査委員会の承認を得て実施し、対象患者より同意を取得した。 本研究では、移植後3カ月、12カ月におけるプロトコル生検実施前の尿検査に使用した残りの残検体を回収し、尿中エクソソーム内miRNAの測定に使用した。腎生検における拒絶反応の診断は、Banff分類2,3)に従った。腎移植後3カ月プロトコル生検の病理診断にて拒絶反応発現なし(No Rejection)と診断された患者3名およびsubclinical TCMRと診断された患者3名をランダムに選択しdiscovery cohortとした。Discovery cohortでは、subclinical TCMR患者で特徴的な発現を示すmiRNAを探索する目的でmiRNAアレイ解析を行い、validation cohortはmiRNAアレイ解析で見出されたmiRNAについてバイオマーカーとしての有用性を検証する目的で行った。尿中エクソソーム内miRNA発現量測定 尿検体の回収は、随意尿の一部を撹拌後-80 ℃55

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