臨床薬理の進歩 No.44
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対象と方法は圧倒的に血管障害と外傷疾患が多く、手術用顕微鏡には脳血流観察目的でICG用の蛍光装置が導入されている。ゆえに、ICG蛍光造影を脳腫瘍に使用することができれば汎用性が高く実用的である。 ICGは分子量775の水溶性色素でそれ自体は発光しないが、静脈内投与すると生体内で血漿蛋白(Beta-Lipoprotein)と結合し、近赤外線照射により励起され発光する2)。760-780 nmの近赤外線を照射すると、血管内のICG試薬が励起され、800-850 nmの波長の近赤外域蛍光を放出する。表面より約10 mm深部の病変、血管、リンパ管など生体深部構造を励起、発光させ可視化が可能である。 上述した脳腫瘍に対する術中蛍光診断は、現在保険適用である1回25 mgの静脈内投与に対して、手術24時間前に5.0 mg/kgを静脈内投与し、腫瘍に残存するICGを近赤外線照射下で観察する方法である。“Second window ICG technique(SWIG)”と呼ばれ、腫瘍の存在を術中に確認可能である3)。ICGのsecond window効果は、EPR効果(Enhanced permeability and retention effect)を利用したもので、がん特有の血管構造を利用した高分子のdrug delivery systemを応用したものである。そのメカニズムは、EPR効果により腫瘍による血管構造の破綻やリンパドレナージシステムの損傷などによって血管透過性が増大し、静脈内投与24時間後にがん組織にICGが集積するというものである3)。動物実験では、Madajewskiらが7.5 mg/kgを手術24時間前に投与することで様々な悪性腫瘍に集積し、残存腫瘍を摘出できることをマウスの脇腹モデルで報告した。肝臓癌、肺癌、頭頸部癌でも腫瘍の取り込みが報告されている。一方、脳腫瘍細胞のICG取り込みに関する基礎研究は、Huglandらによりラットと脳腫瘍患者で報告されている。しかし、脳腫瘍に関する報告はUniversity of PennsylvaniaのLeeらのチームからのみであり、再現性は未だ示されていない。また、Visionsense 社の外視鏡のみを使用した経験で、ごく一般的な顕微鏡による近赤外線照射使用の報告はされていない。また、報告はアメリカ人患者のデータであるために、日本人に至適な投与量、投与のタイミングなどの検討が必要である。正常脳組織と腫瘍組織をリアルタイムかつ肉眼的に識別可能な術中蛍光診断はより一層注目されており、安価かつ簡便で、確実に腫瘍を標識する蛍光発光物質が求められている。本研究では、至適な投与量、観察時期を脳脊髄腫瘍型別に決定することを目的とした。 脳脊髄腫瘍を対象に2019年11月より特定臨床研究として、研究を行っている。藤田医科大学IRB(CRB4180003)と社会福祉法人恩賜財団済生会支部済生会 横浜市東部病院のIRBの承認(2020056)を得て研究を開始している。臨床研究実施計画、研究概要公開システムにも公開されている(jRCTs 041190064)。2022年10月までに177例の症例に行った。対象とした脳腫瘍は転移性脳腫瘍、髄膜腫、神経膠腫、神経鞘腫、悪性リンパ腫、下垂体腺腫など、また脊髄腫瘍は髄膜腫、神経鞘腫、上衣腫などである。転移性脳腫瘍、髄膜腫、脊髄神経鞘腫について行った解析を本稿では報告する。 まず、SWIGにて5.0 mg/kgを手術24時間前に点滴投与を行う方法を検証した。続いて、安全性が示されている5.0 mg/kgを超えない、0.5-5.0 mg/kgの範囲で、量を変更し、日本人の脳腫瘍、脊髄腫瘍患者に至適量の検討を行った。その際に、血液検査、尿検査、神経学的検査などを含め安全性評価を行った。使用した近赤外線装置は、顕微鏡はKINEVO microscope(KINEVO 900、Carl Zeiss Meditec AG、Jena、Germany)Iridium camera system(VisionSense、Philadelphia、Pennsylvania、USA)、内視鏡はCLV-S200IR(infrared light source) CH-S200-XZ-EA(3 CMOS camera head)(Olympus、Carl Zeiss Co.,Ltd.、Japan)を使用した。励起光には、805 nmの近赤外線光源を用い、カメラには、820–860 nmのフィルターを使用した。MRI検査は32チャンネルヘッドコイル付き3T MRI装置(Vantage Titan 3T;キヤノンメディカルシステムズ)68

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