臨床薬理の進歩 No.45
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研究についてでした。恥をかいてもよいから、積極的に質問することをボスは何度も強調していましたし、ボス自身も「本当は恥ずかしいけど自分をアピールするために発言している」、「恥ずかしいことに慣れよう(bemiserable)」などと語っていたのは印象的でした。世界的に有名な研究者を招いた講義が毎週あり、若いPIを囲んで、グラントの申請方法やキャリアの築き方などを細かくレクチャーしてくれるセミナーもありました。研究者として自立していくためのサポートも非常に充実している印象がありました。このようにして、「自分の意見をしっかり持つ、臆さずに言う」ことが鍛えられていくのだなと思いました。一方で、発表者を決して否定しない、非建設的でネガティブな意見を言わない、トラブルがあっても全力でフォローするといった、発表者を不必要に落ち込ませないような文化がありました。留学後に俯瞰して考えてみると、日本は評価の軸が100点満点からの減点方式であるのに対し、アメリカは加点方式であり、多少の間違いや失敗などは評価にほとんど影響がないように感じました。夜はプライベートな時間であるため、夕方までに大学のイベントはほぼ終わります。研究部門全体の懇親会では昼からお酒を飲むこともありました。アインシュタインにいる研究者はPI、大学院生、ポスドク問わず全員とても優秀で、研究が本当に大好きで、研究を自分の仕事にしたいと考えている人が世界中から集まってきていると感じました。また、大学全体で見ても女性の方が男性より多く、女性のPIも男性のPIより多かったですが、特にどちらかの性別が優遇されているとかそういう話ではなく、ラボで働く女性の絶対数の多さが理由だと思います。 近年、分子標的薬の登場により多くの癌の治療成績は向上しました。急性骨髄性白血病の治療においても複数の分子標的薬が登場し、多くの患者さんの生命予後向上に寄与しています。しかし新規薬剤を持ってしても大半の症例は再発し、患者さんを完治させるのは依然困難です。治癒困難な原因の1つとして、急性骨髄性白血病は、診断時すでに複数の異常クローンからなる雑多(heterogenous)な集団で構成されており、その中には化学療法に耐性のあるクローンも含まれていることが明らかとなってきました。発展したシーケンス技術を用いてゲノム上のたった1つの塩基配列の異常を検出し、同じ塩基配列異常を持つ細胞は同じ母細胞由来(クローン集団)と考えます。受精卵からあった異常(germline)と、ある程度細胞の分化が進み、体が大きくなってから生じた異常(somaticmutation)とを区別することもできます。骨髄異形成症候群は急性骨髄性白血病に至る前の段階と言われますが、骨髄異形成症候群を発症させている異常造血幹細胞クローン(前白血病幹細胞)と、後に急性骨髄性白血病を発症させた異常造血幹細胞クローン(白血病幹細胞)は一致しないこともあることをDr.Steidlのラボが報告しました(Nature2019)。つまり急性骨髄性白血病の発症より前の段階で、すでに複数の異常造血幹細胞クローンが存在しており、急性骨髄性白血病を引き起こしたクローンを根絶できたとしても、結局ほかのクローンが台頭してくるため、白血病はなかなか完治しないということが明らかとなってきました。そこで、私の研究テーマとしては、宿主を死に至らしめない程度の悪性度である前白血病幹細胞から、無制限に増殖し致死的となる白血病幹細胞をいかに発生させないか、白血病の発症予防ということを目標に研究を行いました。使用した薬剤はp53の活性化を促進する薬剤で、いくつ164

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