臨床薬理の進歩 No.45
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おわりにみんな母国語の訛りがあるのは当然で、細かいことは誰も気にせず、伝わればOKという認識でした。3人の子供を連れて行きましたが、幼稚園および小学校では、登下校時に親が必ず送り迎えを行う必要がありました。しかし、そこで親同士が仲良くなり、一緒に遊んだり誕生日パーティーに呼んだり呼ばれたりしました。子供とその両親を自宅に招いて、日本食をふるまったり、反対に東欧の料理を食させてもらったりしました。ニューヨークという町の特徴なのか、親も多国籍で、スイスやポーランド、ブラジルなどいろいろな土地から来られていて、親同士の国籍が異なることも珍しくありませんでした。先ほども述べましたが、生活一般についても、とにかくマイナスの評価というものがありません。また、みんな他人に優しくて、困っている人を助けようとする気持ちが強いです。僕の印象ですが、おそらく「自分はたった今良いことをした」という自己肯定感を純粋に心地よく感じ、自分が気持ちいいと感じることを素直に実践しているだけなんじゃないかなと思いました。でもこれは非常に素晴らしいことだと思いました。つまり、日本語でいう社会の礼儀やルールみたいなものは、日本人は道徳という枠組みから学びますが(「〜しないといけない」、「〜してはダメ」など)、アメリカは自分がしたいからする、したくないからしない、とその場その場を自分の判断で行動し、社会全体もそのような個人の判断を大切にしているように感じました。偽善的に聞こえる人もおられるかもしれませんが、「自分自身を誇りに思えて気持ち良く感じるから人に優しく接する」というような心のあり方は我々日本人ももっと取り入れていいんじゃないかなと感じました。一方で、自分がしたいからする、という観念はサービス業でも一致していて、やりたくないことはやりません。実際、人がたくさん並んでいても平気で対応を中断します。アメリカではすべてにおいてとても待たされます。多くの人が「待たされ慣れ」ていて、非常に我慢強く、待たされて怒り出す人はほぼいません(怒るとセキュリティーや警察がきて逮捕される可能性もあります)。多くの人が祖国からアメリカに渡ってきていたのですが、ほぼ全員が自分のもといた国に帰るつもりはないのが印象的でした。アメリカで数年過ごした後、自分の国に帰る人は圧倒的に日本人です。昨今日本でも物騒なニュースが聞かれますが、治安がやはり世界トップクラスで良いこと、インフラや教育システムがしっかりしていることを再確認し、日本は世界的にも非常に豊かな国であることをあらためて感じました。 留学を快く承諾していただいた京都府立医科大学血液内科の黒田純也教授、福知山市民病院血液内科医長の平川浩一先生、海外留学助成金の応募にあたり、推薦状をご用意してくださった愛知県がんセンター名誉総長の大野竜三先生、大野先生をご紹介くださった名古屋医療センター院長の直江知樹先生と愛生会山科病院理事長の谷脇雅史先生にこの場をお借りして感謝申し上げます。帰国後は、海外で得た経験をもとに、薬剤開発にもっと本格的に関わりたいと思うようになり、製薬業界で働く機会を得ることができました。海外でともに頑張っている日本人との絆、価値観が極めて近い東アジアの友達との思い出、異国での生活をより良いものにしようとするチャレンジ心、助け合いお互いに高みを目指そうとする雰囲気は本当に素晴らしいものでした。このような素晴らしい経験を与えてくださった臨床薬理研究振興財団にあらためて感謝申し上げます。そして、苦労を共に経験し、コロナパンデミックの混乱の中、異国の地で大きな病気や事故をせず最後まで無事に帰国してくれた家族にも心から感謝いたします。168

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