臨床薬理の進歩 No.45
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という悪循環を引き起こすだけでなく、心血管合併症や動脈硬化、サルコペニア、骨代謝異常といった腎不全に合併する全身症状にも関与することが報告されている。100種類以上の代謝物が尿毒素として報告されており2)、その中でもインドキシル硫酸(IS)、パラクレシル硫酸(p-CS)、トリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)などはCKD患者の心血管合併症や総死亡率への関与が知られている代表的な尿毒素である。これらの代謝物は、いずれも腸内細菌叢の代謝を介して生体内で産生されることが知られている。また、我々のグループでは腸内細菌によって産生されるフェノールが基となるフェニル硫酸(PS)が糖尿病性腎臓病の予後予測マーカーになりうると同時に糖尿病性腎症の治療標的となる可能性を見出している3)。これらの尿毒素は元々食事中のタンパク質成分であるトリプトファン、チロシン、カルニチンやコリンが小腸で完全に吸収されずに残りが大腸に到達すると腸内細菌叢の代謝により、インドール、パラクレゾール、フェノール、トリメチルアミンへと変化し、さらに肝臓で代謝を受けてIS、p-CS、PS、TMAOの尿毒素へと変化する。前述の通りCKD患者では腸内細菌叢がディスバイオーシスに変化しており、特に尿毒素の産生に関与するタンパク質発酵を行う菌種が増加しているとも言われている4)。その結果として尿毒素の前駆体となるインドールやパラクレゾールなどの腸管内産生がCKD患者では増加するといったように、尿毒素の血中濃度の上昇には腸内細菌叢の変化も影響していると考えられる。 さらに、これらの尿毒素がCKD患者や透析患者に及ぼしうる様々な影響についてもこれまでの研究から知られている。例えば、ISとp-CSは酸化ストレスの惹起、組織の線維化促進作用、炎症誘発作用を有し5)、心血管疾患においては血管平滑筋の増殖、血管内皮細胞障害、大動脈石灰化、心筋細胞の肥大化や線維化への関与が指摘されている6,7)。また血管においてNF-κβ活性化や芳香族炭化水素受容体(aryl hydrocarbon receptor: AhR)経路を介して血管壁への単球浸潤や血管炎症にも関与することも報告されている8,9)。さらに近年、腎不全マウスを用いた解析からISとp-CSは腎不全時に血中濃度が上昇するだけでなく、心臓や脳、骨格筋などの全身の諸臓器の組織中にも蓄積し10)、特にISは骨格筋のミトコンドリア機能の低下とエネルギー代謝経路の変化を惹起し腎不全に合併する筋萎縮であるウレミックサルコペニアの一因となることが報告されている10)。また、ヒトを対象として臨床研究でも保存期および末期CKD患者のIS、p-CSの血中濃度は心血管イベント発生率や死亡率と相関することが報告されている11,12)。さらに、ISにおいてはHIFの活性化を阻害し、腎不全患者で合併する腎性貧血の増悪に関与していることも報告されている13)。ISとp-CSのみならずTMAOはそれ自体に動脈硬化の促進作用を有する腸内細菌叢由来尿毒素であり、腎機能の低下に伴って蓄積する14,15)。TMAOはマクロファージ泡沫化による動脈硬化促進や血栓形成促進作用があり、血中TMAO濃度の高値は心血管疾患の原因になると報告されている16,17)。またPSも循環器疾患との関連についてはまだ多くの報告がないものの、腎不全モデルマウスに抗菌薬であるバンコマイシンを投与した実験ではISやPSの血中濃度低下を促し心臓の線維化が抑制されることが示されている18)。これら尿毒素の血中濃度上昇の原因としては尿中クリアランスの低下に加え、前述したようなディスバイオーシスによる産生増加も要因と考えられる。 このように腎臓のクリアランスが廃絶した末期CKD患者では腸内細菌由来尿毒素の体外への排泄が低下し、ディスバイオーシスを引き起こし、蓄積した尿毒素が血管病変や腎臓自体に悪影響を及ぼして腎機能悪化を引き起こすという悪循環に陥っている(図1)。特にCKDにおける最も多い死因は脳心血管障害と言われており、IS、p-CS、TMAOやPSなどの尿毒素を減少させて、心血管への影響を軽減することは望まれる。しかしながら、例えば透析においてもタンパク結合率の高いISやp-CSは透析による除去率が約30%しかないことが報告されている。このため、近年ではプレバイオティ72

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