臨床薬理研究振興財団40年のあゆみ
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第8回(平成27年度) 臨床薬理研究振興財団研究大賞 受賞者京都大学 iPS細胞研究所 増殖分化機構研究部門 幹細胞医学分野 教授井上 治久3440周年に寄せて 2007年に誕生したヒトの人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)とその作製技術を用いることにより、我々は、複数のアルツハイマー病(Alzheimerʼs disease: AD)治療薬候補薬剤に対するヒトiPS細胞由来神経細胞の応答性が、病因遺伝子を過剰発現させたマウス等の実験系で想定されていた薬剤濃度と異なっていることを見いだしている(Yahata et al., 2011)。実験的には効果が期待された薬剤が、ヒトの治験で有効性が証明されない場合があることとの関連が示唆された。最近では、ADモデルマウスにおいて、ADの病因物質アミロイドβ(Aβ)量を減少させ、記憶障害を改善する治療薬候補物質を、AD患者iPS由来神経細胞に添加すると、高濃度では確かに病因物質を減少させる一方、薬剤のヒト生体内動態と同程度の低濃度を添加した場合は全く効果を示さないことが判明している(Liu et al, 2014; Mertens et al., 2013)。以上の結果は、ヒト神経細胞は病因遺伝子を過剰発現させたマウス神経細胞と比べ代謝プロセスを含めた薬剤に対する感受性が大きく異なることを示唆している。 神経変性疾患は、ADや筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis: ALS)等、それぞれ大脳の神経細胞や運動神経細胞等が変性・消失することによって生じる難治性疾患である。これまで神経変性疾患に対しては、いくつかの薬剤が治療薬として承認されている。ADでは、アセチルコリン分解酵素阻害剤やNMDA受容体拮抗剤、ALSではグルタメート毒性阻害剤が治療薬である。それぞれ、開発の過程で明らかにされた薬理作用があり、実際の患者を対象にした臨床試験で有効性が証明されている。一方で、これまでの臨床試験で有効性が証明された薬剤は、ヒトiPS細胞が誕生する以前に、ヒト、特に患者神経細胞での効果を解析されずに、有効性が証明され、市場で使用されている。本研究では、患者iPS細胞から分化誘導した神経系細胞を用いて、神経変性疾患の臨床試験で有効性が証明され、臨床の現場で使用されている薬剤、ドネペジルなどの薬剤、あるいは早期使用による予防効果が示唆されているドコサヘキサエン酸(DHA:Docosahexaenoic acid)(Freund-Levi et al., 2006)、について、有効性を発揮する機序について改めて解析、再評価(リプロファイリング)することにより、新たな作用機序・標的を同定することを試みた。結果として、AD患者iPS細胞を用いた解析によって、ドコサヘキサエン酸は、小胞体ストレス・酸化ストレスを標的として改善することにより治療効果を発揮しうることを明らかにした(Kondo et al, ヒトiPS細胞を用いた薬剤再評価

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